Archive für Dezember 2008

スタッフ紹介

project HEREing Loss、若者のエネルギーが多きく貢献した企画でした。
チラシや当日プログラムできちんと紹介できなかった彼らを、この場を借りて少し紹介。

そのまえに共同企画人のお二人を軽く。

*坂倉杏介 http://kyosuke.inter-c.org/cahiers/

*渡邊淳司 http://www.junji.org/

坂倉さんは吉田由樹彦さんがBPAとして紹介して下さったのが始まりです。その時から日本人には珍しい自然体のゆるさがあるな、と思いました。それは彼の研究活動に根付いている事も判明し妙に納得。柔和な態度でありつつも、センスはかなり厳しい(笑)
淳司君は66b/cell時代からかれこれもう8年目になるお付き合い。私が紹介するのもおこがましい、大物科学者です。別にいつも何かを一緒にやろうとこだわっている訳ではないのですが、 「いまこんなこと考えてんだけど」と話すとシンクロすることが多く、今回もそんな流れでこの企画人トライアングルができあがりました。お二人には私の足りないアタマと舌をどんだけ補って頂いたことか、、、
そして今回のプロジェクトを支えた、恐るべき若者達を紹介。色んな方が関わって下さいましたが、なかでもコアな4人を。みんなに共通していたのは、物事をごっちゃにしない聡明さというか、、、自分たちの興味や情熱に一途でありつつも、些末な部分では距離を保ち、周りを支えつつ自分も伸ばす、というのでしょうか。日を追うごとに各自がカバーする領域が、ジャンルを超えて定まっていき、この個性が集まっているからこその機能的な形をつくり出した彼らのしなやかさは素敵でした。

*早川智彦 http://www.potolin.org/

2年前のREMから手伝ったりしてくれている研究者の早川君。アタマの回転が早く、行動も早く、ロマンもある。9月のREMの時はLEDの現場プログラミング&デザインを完成まで持って行ってくれ、今回は画期的なウェブ予約フォームの制作から本番の照明、毎回の現場ケアまでやってくれました。実はグーテンベルク聖書の研究をしていたり(驚)アートと 工学の狭間を繋ぐ、素晴らしき想像&応用力の持ち主です。彼をみてると、若い=タフというのを痛感します(笑)

*大庭将広 http://sound.jp/massy/

音楽家の大庭君も9月のREMから現場の控えスタッフとしてLEDのプログラミングを習得してくれ、今回は音楽スタッフとして大活躍。ゆとり教育も悪くなかったんじゃないか、と思わせるほどゆとりを感じさせる、おそるべき20歳です。打った球をすばやく冷静的確に打ち返してくる感性は末恐ろしい。寝台 席の方々が寝袋で開演まで聴いていた心地よい音楽は、大庭サウンドです。CDも出していて、都内でライブもやっているので、機会があれば是非!

*滝山聖士 http://iainukiki.jp./

今回初めましてで、大変お世話になった音楽家の滝山君。遠い所を本当にどうもありがとう(遠距離通学経験者より)。音楽スタッフとして、私の非常に抽象的な音の響きに対する要求を、現場で調整してくれたのは彼です。WSの方でもホラーな音作りを手がけたり、HSSを操って普通席の音世界づくりを担ってくれたり。実は音に対する非常にマニアックな研究をしていて、ものの見方もとても独特。ダークホースです(笑)HP更新してください〜。

*有賀玲子 http://rurunv.exblog.jp/

このプロジェクトのアイドル、科学者の有賀ちゃん。WSではファシリテータとして活躍、公演では盗まれた小道具に変わって即代替品を作ってくれたり、そして何より鋭い観察者としてプロジェクトを支えてくれました。例えば小道具ひとつにしても信頼して任せられたのは、プロジェクトを根本つまりセンス(感・勘)の部分で理解してくれていたからです。そこに「目」があるから気づく、起る、という研究プロセスに貴重な「視線」でした。

彼らの将来に注目!です。

制作スタッフも素晴らしいメンバーだったのですが、皆様超ベテランの優秀な方々なので、私から紹介するのも妙かと、、、皆とてもホスピタリティに溢れたアタマの切れる女性達、やはり日本女性は凄い、、、と思ってしまった。受付泣かせの公演にも関わらず、日増しに要領を得て日本の要求の高いお客様をてきぱきと誘導する様は、まるで洗練された旅館のようでした(笑)

大晦日

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帰りました、というか、着きました、というか、孵って飛んで行きました、というか。

どこが始点なんだかすっかりわからなくなった川口、ベルリンに無事到着です。
ヤエルと空港で良いお年を、をして、息子と抱きつぶしあって、公演の残骸のバウムクーヘンをかじり一息。

飛行機の中でブランケットをかぶり、イヤホンを付けながら眠りこけて、薄やみの中で目が覚めた時、一瞬まだ自分が横浜で公演中のような錯覚に陥りました(笑)しかも自分は寝台席のお客さん。公演にはいなかったはずの人が参加している夢をみたりもしました。それはずっと昔に雑魚寝をした仲間だったり。そんな沢山のデジャ・ヴを未来に残していった作品だと思います。

頂いたフィードバックにも多くあったように、今は「わかるようで、良くわからない」けど、それがこの先少しずつエコーとなって帰って来 た時に「あ、そういうことだったのか」と、謎が解けたりしてくれ たら、作品としては本望です。体験というのはその渦中にい るとあまりに近すぎて意味がわからないものだけど、いつかそれに似た事が反復された時に振り返れるものだったりするから。例えば私たちから餌付けされた後に、鶏になった私達に喰われたお客さんが、雀にパン屑をあげながらフライ ドチキンを食べて化粧直ししてる瞬間とかに、ふとあの瞬間の味やナイフの切っ先の感触、私たちの目線を思い出してくれたら面白いなあ、と。

今回の企画、現実にスタッフ皆勢揃いでアクションしたのはたったの10日間でしたが、 それまでの長い伏線、それぞれの糸を辿っていくととても面白い地図ができそう。私的にどうしても日本で、日本のお客さんと一緒にやりたかったこの作品。何故日本?と問われれば、それはやはり私は26歳までずっと日本で育ち、働いてきて、日本のコミュニケーションコードが一番理解できるし、使いこなせる(いや、凄くがさつなのはわかっています!)からです。目線や、カラダの距離や角度、言葉の選び方諸々で、たとえばお客様を舞台に引きずり出し、その存在を利用するからには、そのコードを出来る限り的確に拾って行かなければ意味が無いし、お客さまをただの安上がりな舞台美術に仕立てただけで終わってしまう。例えば寝袋にしても、ドイツ人は私が必要だと思う意味での寝袋は必要でなかったりするし、異邦人のヤエルが日本人の目線に囲まれた中で日本人の私をビンタする、という意味合いも日本以外では成立しない。見せる事を意識して動くカラダと、見られる事を受け入れて動くカラダ、感情からとる行動と、周囲に視線があるからとる行動、などの微妙な違いや相似点はやはり自分の文化をベースに参照していくのが私にとっては見渡し易かった。満員電車でイヤホンを付けていると他人のカラダが抽象的な存在になって、息苦しさが緩和される、という謎から発展していったHEREing Loss。聴く事、シュラフに潜ってリラックスして頂く事でお客さまの「視線」を解放して、その視線がどれだけ「現場」(ここでいえば私たちの踊り)を形 作るのに影響しているかを再確認する作業でもありました。普段の劇場ではあの目線達は全て客席の闇に隠れているんですよね。しかももっと窮屈な状 態で。

「場所が狭くて踊りづらいのでは」という心配やご意見も頂きましたが、実際には、そこに人がいて、ひとりひとりの方が空間を作って下さっていたことで、むしろ迷いや力みが取り除かれ、カラダや目線の行くべき場所がクリアーに。というのは、私は舞台で踊る時にはそれを常に必要としていて、日本で踊らせて頂く度に、その距離の遠さに気が遠くなっていたからです。その目線がないのだったら、屋上でひとり気持ちよく毛布を持ってエゴ・トリップする方がましです(すみません古いネタです)。日本のお客さまとああいう関係を、踊るカラダを通して深めて行ける、という可能性は私にとってはまだ孵った所で、まだまだ磨き、掘り下げる要素は山ほどありますが、踊るカラダだからこそあの空間が作れた、という自負は、おたんこなすと言われても、あります。

当初は「船でやりたいんです」とほざいて制作の橋爪さんや、赤レンガの皆さま、坂倉さんを始めとするBPAの方々を振り回し、港湾局まで出向かせたりしてしまいましたが、 地上での上演となるとともに表現手段も変化して行き、最終的には作品にふさわしい形で人が集まり、コミュニケーションが生まれ、育っていって、お客さまを迎えられたのが死ぬ程嬉しかったです。それはとても自然な流れだったと思うけれども、実はその自然な流れを保つ事がどれだけ難しく、実現するのがまれであるかと良く分かっている身としては、障害物を取り除いて全てが有機的に結びついて流れて行くよう支えて下さった、関係各位の皆様、お客様ひとりひとりのお力とシンプルなエネルギーを、本当に心から尊敬そして感謝しています。ありがとうございます、と全体に向けていうと妙に物事の立体感を奪ってしまう気がするのであえて避けますが、有り難き幸せです。スタッフひとりひとり紹介したいのですが、このだらだら文の中では効果も半減してしまうので、来年に持ち越します。

あんど、大好きなヤエルやBUTTERFLYSOULFIREをこの企画に巻き込めて、それが喜びと共に受け入れられたのも非常に嬉しかったです。皮肉にも楽日にイスラエルの攻撃が開始され、メディアの注目がイスラエルに集まりましたが、それも「明日がどうなるかわからない状態で見る夢」が着想点でもあったこの作品にとって啓示的であったというか。メディアから伝わるイスラエルと、目の前で直にコミュニケーションしているヤエルから伝わるイスラエルのギャップと接点。「直接関係しているわけではないけど、無関係でも決して無い」そのギャップを自力で埋める想像力を持つ事が、凄く大切だと思う。いや、イスラエル大使館、ほんとに助成して下さった甲斐があったと思います。

うわ、長くなってしまった。

ご来場下さった皆さまとは、なんだか同じ胎内での時間を共有したような、不思議なつながりを勝手に感じていますが、この不思議なつながりの形は、この世にこれからとても必要な要素である確信が勝手にしてますので、このままキープゴーイングです。まずは横浜のエコー、来年1月22日にベルリンの自由大学に届けて来ます。いろいろ独りよがりでも、とりあえずこれが私の現実です。

それでは、良いお年を!

ゆい

そして

あっという間に最終日です。

私自身、今まで経験していないような、とても不思議で素敵な時間を過ごしています。
面白いのは、終演後お客さまと会うと「あれ、前にどこかでお会いしましたっけ?」というようなデジャ・ヴに襲われる。
いや、いまこの中でお会いしてたんですね。

ものすごく色んな事を書きたいのですが、そうすると今自分の周りに漂う色んな残り香が消えていってしまいそうで、もう少し待ちます。

「いま」に影響力を持たない人なんてひとりもいない。ほんとにそう感じています。

それでは、のちほど。

いまここに

ようやく孵る日を迎えました。
みなさまにとって紙や画面であったこの作品が、とうとう3次元+αで襲って参ります。

いましか会えない人たちと、いましかできないことを、いまここで。

お会いするのを楽しみに。

ゆい

横浜

ワークショップも無事に終了し、いよいよ初日も明日に迫りました!
仕込みも順調に進み、赤レンガ倉庫のラウンジスペースが見違えるような怪しい空間に(笑)
ヤエルとリハをしながら、初めてヤエルにこの話をしたカフェの映像が浮かび、これまでの長ーい時間を思い出しました。旅先でもラジオと聞いては目の色を変えて飛びついたり、通販で寝袋を探しまくったり、ベルリンでスタジオの鍵を忘れてヤエルを待たせたまま死にそうになりながらダッシュで家まで帰ったり、壁を使って踊ったら壁が崩れて怒られたり、体に寝袋を何個もぶら下げてトラムで怪しまれたり、フランクフルトでのミーティングのあと迷子になって赤線をずっと彷徨い歩いたり、ケーブルや電子機器で溢れる手荷物を空港で全てひっくりかえされたりして、とうとうここまで辿りつきました。そしてこのプロジェクトに関わっているみんなそれぞれが、これにまつわる色んなストーリーを背負いつつ、共に今動いている。パフォーマーとして、きちんと受け止め、伝える責任を感じるというよりも、それできる場が実現している真っ只中にいることがとにかく嬉しい。

に、しても通りすがりに覗いていくやけにカップルが多いなー、と思っていたらクリスマスイブだったんですね。
休憩で外に出て度肝を抜かれました。カップルしかいない、、、!しかもこんなに沢山!
え、それ本当ですか?!と超音波スピーカーで問いかけをしたくなるようなシュールな光景に、本当に自分がどこで何をしているのか分からなくなりました(笑)
そして、そんなイブに私の公演準備に拘束されている妙齢の若者達に謝罪。
すんません、変わりに2月6日聖徳太子イブに盛り上がって下さい。