Archive für September 2010

決断

捨て身であることと、自分を見捨てる事は違う。
勇気は応援したいけど、無謀は迷惑。

80%から100%に持って行くための無理には価値があるけど、
30%から50%の部分で無理しても意味がない。それはただの準備不足・力不足。

アーティストなんていつも言うように社会の落ちこぼれ。
アーティストがリベラルなんじゃなくて、リベラルな人達に生かしてもらってるのがアーティスト。
「生かして」貰ってるんだから、活きが良くなきゃ意味がない、と思う。

うっかりするとアタマにロックがかかりそう。
そしたら感性が壊死を始める。
ただ地団駄を踏むためになんか踊りたくない。

アブストラクトですみません。そのうち詳しく。

ECHO Klassik-Sonderpreise 2010!!

“Flying Bach” がドイツのエコークラシック賞特別賞を受賞しました!

エコー賞というのはいわゆるドイツのレコード大賞みたいなもので、まさかの知らせにびっくり&大喜び。

しかし残念ながら受賞式にはスケジュール的に参加できない、、、

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Der Sonderpreis des Echo Klassik geht 2010 an das Projekt “Red Bull Flying Bach” von Christoph Hagel und der Berliner Breakdancegruppe Flying Steps sowie die Zeit-Stiftung Ebelin und Gerd Bucerius für die CD-Reihe “Musica Sacra Hamburgensis”. Am 17. Oktober ehrt die Deutsche Phono-Akademie die Preisträger in der Philharmonie in Essen für ihr besonderes Engagement im Bereich der klassischen Musik.

Die Inszenierung “Red Bull Flying Bach” kombiniert zwölf Kompositionen aus Bachs “Das Wohltemperierte Klavier” mit HipHop-Tanz. “Diese zeitgenössische Interpretation von barocken Klängen verbindet urbanen Tanz mit klassischen Künsten - zwei Komponenten, die bisher als nicht vereinbar galten. Die Flying Steps zeigen, dass Breakdance und Klassik keine Gegensätze sein müssen”, kommentiert Daniel Knöll, Leiter der Presse- und Öffentlichkeitsarbeit des Bundesverbandes Musikindustrie.

Die Deutsche Phono-Akademie, das Kulturinstitut des Bundesverbandes Musikindustrie, richtet den Echo Klassik bereits zum 17. Mal aus. Als TV-Partner ist zum 15. Mal das ZDF mit an Bord, das die erstmals von Thomas Gottschalk moderierte Gala aus der Philharmonie Essen unter dem Motto “Echo der Stars” ebenfalls am 17. Oktober zeitversetzt ab 22:15 Uhr ausstrahlt.

Echo Klassik

おかしい

 日本のニュースでは、アメリカのテネシー州の牧師たちがコーランを本当に焼いた、という報道がされているのに、ここドイツでは、全くその報道がない。BBCニュースにもなっていない。カシミールなどのデモに対しても「実行されなかったコーラン焼却に対して反対デモ」と報道。記事の最後の方に、「しかしアメリカカンザス州のメディアは、そこの牧師達が大きな注目を集めることなくコーランを焼却したと伝えている」と添え書きしているけど、大きく伝えていないのは西洋メディアだけなんじゃないかと疑問。アラブ系やロシア系のサイトでは報道されている(英語とドイツ語でしか確認できないけど)。こうなるとあの最初の牧師はハナから政府とメディアの演出だったんじゃないかと思えるくらい。

どちら側からの情報操作かはわからないけど、ドイツやアメリカの武器がもの凄い勢いで中近東に流れていることを考慮すると、いずれにせよ金儲けのために戦争や内紛があおられてるのは事実。そして人がどんどん死んでいく。デンマークのムハンマド戯画作家がこのタイミングで表彰されたのも、そこにメルケルまでが同席したのも、なんで????オバマのノーベル賞以上に意味が分からない。ナチスがユダヤ人の戯画をプロパガンダに利用していたことをどうしても思い出してしまう。

すみません、いきなり。ちょっと思う所あって、、、

金のカエル

 この夏日本のあるホテルのロビーで、折り紙でアルパカを折るおじさんから、豚の折り方を教わり、金のカエルの折り紙をプレゼントに貰いました。 ディテールはもっとぶっとんだ内容がちりばめられていたのだけど、それを書くと芝居の台本が出来てしまうので、あらすじのみで。

都内のとあるホテルのカフェでの打ち合わせの時間にかなり早くついてしまったため、ロビーで時間を潰そうとソファに腰掛けると、そこには折り紙おじさんが。昔はそのホテルの株主で、歌舞伎町に顔が利き、いまは見張り番代わりにロビーにいて、悪いヤツを追っ払ってるという、片足の不自由な酒臭いおじさんの話を聞いて折り紙を折っているうちに、裏声の瀬川瑛子風な女性が現れ、連れの母が具合が悪くなったため、駐車場に行かなければ行けないので、私に代わりにくじ引きを引いて来てくれ、当たればパワーストーンが貰えます、という。なんのこっちゃ。怪しいにも程があり、「いや、待ち合わせしてるし、私くじ運悪いので」と相手にしないと、折り紙おじさんが、「じゃ、障害者(彼の言葉です)の私でよければ行ってあげるよ」ともったいつけて、財布もケータイも折り紙もテーブルに投げ出したまま、「あ、それ頼むね」と消えて行った。

テーブルに残されたのは私と、一緒に折り紙を追っていた東南アジア系の女の子、ヴィトンの鞄を抱えた彼女の両親。しばらくしたのち、おじさんが戻ってきて、封筒を無造作にテーブルに放り出して「あたっちゃったよ」という。「はあ」と私が無関心でいると、おじさんもそのネタはもうひっぱらず、次の折り紙に突入。と、思ったら今度は、
「あ、会長!」
立ち上がってお辞儀。会長と呼ばれた方をふりむけば、そこには笹川良一と福助を掛け合わせた風のおじいさんがしゃっきり立って笑っている。なんでもここにホテル住まいをしていて、ほんとに悪いことをしてきた大物で、このホテルの株主、政界にも財界にも顔が利き、折り紙おじさんはカエルの折り紙が縁でお近づきになれたそうな。
「こんなものを持っている」
とおもむろに取り出したのは、菊のお花の議員バッジ。
「ま、口は挟まないけど、、、挟んでるなあ、はっはっは」
そしてさらに、
「ま、こんなものも持っている」
と、ポケットから取り出したのは、、、

水戸黄門の印籠。

そしてその人は去って行った。折り紙おじさんは敬礼でお見送り。そしておもむろに東南アジア系家族に向かって、「フィリピン?」と尋ねる。彼らは首を振って、「ちゃいにーず」と答える。いや、あんたらしゃべってたの全然中国語じゃないだろう?!というツッコミもおさえ、カエルが出来たのを潮時に私もそこを去る。。

一体なんだったんだかよくわからなかったけど、とりあえずあれは皆キャスティングされたフィッシング詐欺で、私の行動がマニュアルずれしていたので、結局仕舞はインプロになり、尻切れとんぼになってしまった、という所だったんだろうな。いや、ひょっとしたらほんとに日本の黒幕だったりして。百鬼夜行だな〜

今日草むらで可愛いカエルを見つけ、ふと思い出しました。

 ベルリンはすっかり秋です。みなさん上着を着用。

夏から秋への変わり目は、肉体的精神的にエレベーターが下る瞬間のようなひやっと感を感じることに気づいたのはここ最近。ベルリンの季節の変化に反応している状態のようです。

私には変な癖があって、原っぱにいくとどうしても花輪を作ってしまう。花がある限り延々と。
手頃な花探しに夢中になって、目をぎらつかせて周囲をみまわしてうろうろしている。
それはハイジが可愛く、というよりは置屋で品定めをするお兄さんに近い。
そんなだから花輪づくりは達者の域、できたものは持ち帰ることなく、その辺の子供にあげたり、柵にかけたり。
そういえば小さい頃は海に行くたび、ろくに泳ぎもせずにひたすら縦穴を掘っていた。

自然は花を咲かせ芸術は花輪をつくること、みたいなゲーテの言葉があったような気がするけど、
花の咲かない季節は芸術はお預け?
芸術は墓穴を掘る事、という方がピンときますが。p0106080039.jpg

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